「なんでちゃんとやらないの?」
「努力不足だ」
「どうしてこんなこともわからないの?」
「やればできるのに、なんで毎回できないの?」
こうした言葉を何度聞いただろう。
私は偏差値50程度の高校を卒業した、ごく普通の女の子に見える人間だった。
だからこそ、周囲は私を「普通の女の子」として扱った。
そして、その期待に応えられないたびに叱責された。
「女の子なんだから」
私が子供の頃によく言われた言葉がある。
「女の子なんだからちゃんとしなさい」
持ち物を管理すること。
提出物を出すこと。
空気を読むこと。
周囲と仲良くすること。
女性にはこうした能力が自然に備わっていると思われがちだ。
しかし、私にはそれが難しかった。
今振り返ればASDやADHDの特性による部分も大きかったのだと思う。
小学校で最初に躓いたこと
小学校に入って最初に苦労したのは、
時間割に合わせて持ち物を準備することだった。
宿題や提出物も苦手だった。
最初は真面目に取り組もうとしていた。
しかし、忘れ物を繰り返すうちに、
「本当にやったの?」
と疑われるようになった。
そのうち、
「どうせ信じてもらえないなら」
と思い、提出自体を諦めるようになった。
テストの成績はそこまで悪くなかった。
授業中は先生の話を聞きながら教科書を読んでいたし、
板書もある程度は写していた。
だから余計に理解されなかった。
コミュニケーションを諦めた中学時代
中学生になる頃には、
私は周囲とのコミュニケーションを半ば放棄していた。
何を話せばいいのかわからなかった。
しかし幸運なことに、
オタク趣味の同級生が毎日話しかけてくれた。
そのおかげで、
少なくとも「オタクとしての会話」はできるようになった。
当時はクラスメイトの発言をメモし、
Wikipediaで調べて暗記することさえあった。
私にとって雑談は自然に身につくものではなく、
学習するものだった。
女子グループに入れなかった理由
女子との会話は特に難しかった。
恋愛の話。
誰かの噂話。
人間関係の話。
正直なところ、あまり興味を持てなかった。
一方で、
男子が話していた歴史や戦争の話、
ゲームやアニメの話には興味を持てた。
そのため自然と女子グループから距離を置くようになった。
男性のフリをしていた
高校では男女比が7:1という特殊な環境だった。
私にとっては天国だった。
無理に「女子らしく」振る舞わなくてよかったからだ。
もともと男子の方が話が合った。
物事について話すことは好きだった。
しかし恋愛対象として見られることは苦痛だった。
そこで私は意識的に、
- 下ネタを使う
- 言葉遣いを崩す
- 男性的に振る舞う
ようになった。
女性として見られないための防御だった。
呪いの正体
ASD女性の苦しさは、
特性そのものだけではない。
周囲から
「普通に見えるのに、なぜできないの?」
と言われ続けることだと思う。
できない理由が自分でもわからない。
周囲にも説明できない。
だから、
「努力不足」
「怠けている」
と解釈される。
そしてその言葉は何年経っても頭の中で繰り返される。
おわりに
今ならわかる。
あの頃の私は怠けていたわけではなかった。
ただ、自分の脳の使い方と周囲の期待が噛み合っていなかっただけだった。
それでも、
「普通の女の子」として扱われた経験は、
今でも私の中に残っている。
もしかすると、
それこそがASD女性にかけられた一種の呪いなのかもしれない。

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